ひさしぶりに友人と話をしたら、昨年親御さんを看取った、という話になった。
近くに住んでた頃、その親御さんにまつわる困りごとは何度か聴いたから、あああの親御さんやな、と思った。
当時友人は、その親御さんの「執着心の強い所」が嫌や、と言っていた。
幼いころには体罰も含め、父と母、親と子の間に厳しい上下関係があったらしい。
その親御さんが亡くなる間際に、「私は満足だった」と仰ったそうで、
それを聞いて友人は、「ああ、このひとは全てを手放したんだな」とわかったそうだ。
あんなに執着のつよいひとだったのに…と、それを聞いて本当にうれしかったらしい。その場に立ち会え、その言葉を聞けてほんとうによかった、と言っていた。
私も、その話を聴いて、涙ぐんでしまった。
会ったこともない親御さんだけど、本当に大事なことを教えてくださってありがとう。
ああ、そうか、手放すって、満足することなんやなあ~~と、しみじみ感じ入るものがあった。
スピリチュアル系のひとがよく、「手放しましょう」って投稿している。
私が使っているオラクルカードにも「let go」のカードがあって、解説本には「手放しましょう」とか「執着をやめましょう」だとか書いてある。
私にとってはその言葉がぜんぜんぴんとこなくて、もどかしかった。
手放すって何??そんな模範解答じゃわかんないよ~~、わかるように言ってよ!!!
私がかつて、「好きな男性に入籍して貰う」ことに執着して、超こだわっていたころ、何度か「let go」のカードを引いて(ちゃんと出てるww)、その度に
「手放すって、何を?あの人を??諦めろっていうの??別れることになっちゃうってこと??別れろっていうの??結局どうしたらいいわけ??」
ってかんじで取り乱した覚えがある。お恥ずかしいお話です。若かったなあ…。ここで記事にすることでみんなで笑って成仏させたいので、どうか皆さん笑ってください。
その時、「手放しましょう」って言われるより、「満足するといいよ」て言われてたほうが、しっくりきたかもわからない。
それくらい、手放してない人に、手放しましょうと言っても、意味が通じないんだよなあ。満足しましょうっていうのも、まあたしかに、「わからん限り、わからん言葉」やな、とは思うんだけど。けど、「手放しましょう」のような拒絶反応はないんじゃないかな。
こだわってるときに「手放しましょう」って言葉は、熱い油に水滴落とすみたいな、激しい拒絶反応があるような気がします。私にはありました。
で、それで感情的になって、余計意地になって、「手放そう」と言われるごとに、ますます、ぎゅ~~っとしがみつくように思います。かえって逆効果かなって。
あと「執着をやめましょう」っていう言い方も、害しかないね。もう「執着」って単語聞くだけでお前ダメやでって有罪判決受けたみたいな罪悪感が起こるよね。
それに、そもそも「やめよう」って表現自体、脳に「なにをすればいいか」が響かないので、役に立たないですね。
走るのをやめましょう、というより、ゆっくり歩きましょう、というような肯定文のほうが把握しやすいと思います。
それで、こだわってる時には「満足してみよう」とつぶやくことをお勧めします。
私も、過去のこだわってた私に、「ちょっと満足してみたら?」と言ってあげます。
「入籍したいっていう願いは否定しないけど、今、好きな人と一緒に過ごせている中で、満足しているところをみつけてみたらどう?あなたには今、どんな満足がありますか?」
というふうに。
そうすると、必ず何か見つかるはず。
今、力んでいる所や、こだわっている所ばっかりに注目して、力を抜こう、こだわるのやめようとかすると、逆効果です。ますます力んじゃうよね。
肩凝ってる!私の肩は凝ってるから!!って、コリを目の敵にし、指圧しまくり毎日マッサージ機かけまくって、結果、肩を益々バリバリの立派な鉄板に育て上げた方を、お店でたくさん見てきました。
そうじゃなくて、心地いいところ、うれしいところに注目してみることが役に立つかなと思います。
体や心や人生の隅から隅まで百パーセント力んでいる状態というのはむしろありえないので、少しでもほわっとしていて心地良い場所がないかを見つけ出して注目する。するとほわっとして心地良い場所が少しでも広がるでしょう。
それに、この「満足した時、手放しが起こる」というの、すごく奥が深い真理ですよ、これは。
こだわって何かにしがみついてる時は、満足がない、ということです。
ということは、何かにこだわっている間は、心に満足感が湧いてくることはない、ということです。心の部屋には一つの感覚しか入れないからです。なので満足感を感じたければ、こだわっていてはダメなのです。
逆から言うと、満足感に浸っている時に執着心を持つことはできません。満足することは、執着から脱する秘策ということです。これすごくないですか?
執着から抜け出すために、大金払ってお祓いを頼む必要もないし、何十万円のなんとかセミナーとか何とかヒーリング、お高い何とかワーク、お高いブロック外しの術とか必要なくて、ただ、自分が満足する心に持っていけばいいだけなんですよ。
あ、これ、自称スピリチュアラーさんたちの営業妨害になってます???
心のお部屋に、満足さんを招待するか、執着さんを招待するかは、その人の自由です。
心のお部屋に、執着さんを招待しといて、部屋に居座る執着さんを「出てほしいわ~~、手放したいわあ~~」って躍起になるなんて、ちょっと勝手が過ぎるというか、おかしいというか、まるでコントですよね。
最初から、心のお部屋さんには、満足さんをご招待しましょう!
そして私も、いつ命が絶えるときがやって来ても、満足したなあって言えるような生き方をしたいものだと思っています。
友人も、親御さんも、本当に大事なことを教えてくれて、ありがとうございました。
0 件のコメント:
コメントを投稿