最近、ポっコリ時間が空いて、スマホ中毒か?とおもう位スマホをみていたりする。
そういう時は頭のなかで
「何をしたらええか?何をしたら時間を、うまいこと有効に使えるか?」
みたいなことばっかり考える。
けど、これ自体がエゴっぽいというか、愚かなんよなあ。
時間の有効活用、なんて捉え方自体が、おこがましいと思う。
時間は自分の所有物ではない、有効もへったくれもあらへんやろ、と。
時々、ブレス作ってとか電話で話ししたいんやけど、みたいな依頼が入ると、楽しい。
作業に時間を忘れる。こういう無心の状態が幸せやなあ。けどこれ、サラリーマンの頃の過去の自分に、いまそういう感じで生きてるでって言うても、信じへんやろな。
当時は「やらなあかんこと」に追われてて、常に必死やった。
まず今、通勤せんでええ、朝、基本、目が覚めるまで起きんでええ、好きなだけ寝てられる、そんな毎日を暮らす日がいつか来るで、って教えたっても、絶対信じへんやろ。
けど、時間に追われるんも、スマホ漬けになれるくらい暇なんも、どっちも本来不自然やろうなあ。
かつては水を飲みたかったら、井戸まで汲みに行くしかあらへんかったやろうし、肉くいたかったら、罠を作り仕掛けて獲物を捕まえ、血まみれになって捌かんと、口に入らんかったはず。そんなふうに、日々、暮らすだけで時間が必要で、そうこうしていて死んでいく、それが自然な姿なんやろうなと。
ウン週間分の料理の作り置き、みたいな先取りも、ウン週間分たまった録画を観る、みたいな、遅れたぶんの取り返しも、どちらもなく、その時その時をその時ぶんだけ過ごすことが、1番真っ当で、おかしな負荷がないと思う。
それにしても「暇」はアカン、文明の利器を使ってへんにショートカットできてる分を、減らすようにしてみよかな。
たとえば入力やのうて、ノートに手書きするとか、だしを、買ってくるんやのうて、自分で取るとか…。みたいなな…